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ICUでの温まるエピソード(家族ケア編)

エピソード

 私はICU(集中治療室)の看護師として、日々多くの患者さんとそのご家族に接しています。ICUという場所は、患者さんの病状は重篤であり、ご家族も強い不安や心配を抱えながら病院に足を運ばれます。そのため、患者さんだけでなく、そのご家族とも丁寧に接し、時に心の支えとなることが看護師としての大切な役割の一つです。

そんな中で、ご家族との交流には、様々な形があり、特に妻が入院しているご主人との関わりには、ときに心温まる瞬間が訪れることがあります。今回は、そんなエピソードを一つご紹介します。


 ある日、重篤な病気で入院していた奥様の面会に、毎日欠かさず来ていたご主人がいました。ご主人はいつも決まった時間に訪れ、静かに奥様のベッドサイドで過ごされていました。ご主人が現れる時間になると、私たちナースステーションのスタッフも自然と「あ、ご主人がそろそろ来る頃だね」と気づくほど、ご主人の面会は規則正しく、また、帰る時間もいつも同時刻でしたので、私たち医療者は、面会時間を有意義に過ごせるよう配慮しその姿を見守るようになっていました。


 しかし、ある日、一度帰ったご主人が、夕方再度病院に現れました。何か特別な事情があるのかと少し心配しつつも、その理由がすぐにわかりました。ご主人の手には、犬のぬいぐるみ握られていたのです。面会に来る際、何か物を持ってくることはほとんどなかったので、少し驚いて見ていたところ、ご主人が照れくさそうに「うちでは、マルチーズの犬を以前飼っていたんですが、死んでしまったんです。犬が亡くなったあとは、同じ犬種のぬいぐるみを妻がすごく大切にしていて。さっき、顔を見ていたら、犬のぬいぐるみを持ってきて欲しいって言われたと思うんです」と静かに話されました。


 奥様は病状が重く、会話ができる状態ではありませんでした。それでも、ご主人はそっとベッドサイドに犬のぬいぐるみを置き、しばらくの間、奥様を優しく見つめていました。その光景は、ICUという緊張感の漂う空間の中でも、まるで時間がゆっくり流れているかのような、静かで温かい瞬間でした。

その後、ご主人は私たちナースに「妻は犬が好きで、もううちの犬はいないんですけど、外を歩いていると散歩している犬がたくさんいるでしょ。それを見るのが好きで散歩を始めて。そうしたら近所で同じマルチーズを飼っている家があって、その犬と遊びがてら散歩してくる、それが最近の日課になっていたんです。元気になったらまた一緒に犬を見ながら散歩しようねって言っていたんです」と話してくれました。その言葉に私たち看護師も心を打たれ、ご主人と奥様の強い絆や愛情を改めて感じました。日々、医療現場に身を置く中で、こうした瞬間に出会えることは本当に貴重です。


 どれだけ病状が重くても、奥様のことを常に考えているご主人の姿は、私たちにとっても感動的でした。私たち看護師は、技術や知識を提供することだけでなく、こうした家族の心に寄り添うことも大切だと感じます。ICUでは、どうしても厳しい状況が続くことが多いため、急な事故や病気で不安を抱えている患者さんとその家族のサポートがより重要になりますが、このような温かい場面があると、看護師としてのやりがいを強く感じます。

もちろん、すべてのご家族がこうした感情を表に出せるわけではありません。家族が病室に来るたびに、見守ることしかできない自分を無力に感じる方もいますし、時にはその感情が焦りや苛立ちとなって現れることもあります。しかし、どのような形であれ、家族は大切な存在であり、患者さんを支える強い力を持っています。


私たち看護師も、その家族の気持ちに寄り添い、少しでも不安や負担を軽減できるように努めています。医療技術が進化し続ける中で、人間的な支えや心のケアは依然として重要な役割を果たしており、むしろその重要性が増していると感じています。

ご主人が持ってきたぬいぐるみは、奥様の回復の祈りが込められたものでした。結局、その奥様は数週間後に少しずつ回復の兆しを見せ、意識を取り戻したそうです。まだ完治には時間がかかる状況ではありましたが、ご主人がベッドサイドで彼女に微笑みかけ、話しかける姿は、私たちにとっても大きな喜びでした。

こうした日々の小さなエピソードの積み重ねが、私たち看護師にとっての力の源となり、これからも患者さんやご家族のために最善を尽くしていく励みになります。


ICUの現場では、多くの家族がそれぞれの形で愛する人を支えています。今回のエピソードは、その一例に過ぎませんが、家族の絆がどれほど大切かを改めて感じさせられる瞬間でした。看護師として、これからも患者さんやそのご家族に寄り添い、心のサポートを提供できるよう努めていきたいと思います。

※プライバシー配慮のため、内容を一部変更して記載しています

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